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東京高等裁判所 昭和48年(ラ)829号 決定

抗告人

ノースウェスト・エアラインズ・インコーポレイテッド

日本における代表者

レジナルド・C・ジェンキンズ

右代理人

福井富男

外一名

相手方

ノースウェスト航空日本支部労働組合

右代表者

浜島斌

右代理人

大川隆司

外一一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨およびその理由は末尾添付の抗告の趣旨および抗告の理由記載のとおりである。

本件抗告の要旨は要するに原決定は(一)当事者間に昭和四八年七月三一日締結された労働協約第三六条によればその有効期限内である昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの間においては労使双方とも一切の争議行為を行なわないものとする旨の定めがあるのに右期間内である昭和四八年一〇月ごろ以降物価の急上昇していることは公知の事実であるとして、相手方組合がインフレ手当を要求して行う争議行為は労働協約第三六条に違反しないと判断したのは不当であり(二)インフレ手当要求以外の組合要求についても協約所定外の事項で労働協約第二六条に定める苦情処理手続によつて解決されなければならない事項にもあたらないものも含まれており同条が争議行為の禁止を定めているといえるかどうかも疑問であると判断したのは不当であるというにある。

よって按するに昭和四八年一〇月頃以降いわゆる石油危機を契機として物価が急上昇していることは公知の事実であるが、このことから直ちにインフレ手当を要求することが協約当事者双方に一切の争議行為を禁止する労働協約第三六条に違反しない特段の事情といえるかどうかまたインフレ手当要求以外の組合要求が労働協約第二六条に定める苦情処理手続によつて解決されなければならない事項にあたらないものかどうかないし同条が争議行為の禁止を定めるものであるかどうかについての判断はしばらく措き、本件仮処分の必要性について判断するに、本件のごとき争議行為差止の仮処分がなされると労使の相対的力関係に莫大なる影響を及ぼすことが明らかであるから、それがためには相手方の行わんとする争議行為によつて抗告人が回復すべからざる損害を被る事情が疎明されなければならないところ、抗告人が本件仮処分申請において主張するような償うことのできないような損害の発生については本件において提出された資料だけではその疎明が充分ではなく他にこれを疎明するに足る資料はない。結局相手方が争議行為に関する予告通知をしたに止まる現段階においては本件仮処分の必要性について疎明がないというほかないから前記抗告理由について逐一判断するまでもなく抗告人の本件仮処分の申請を却下した原決定は結局において正当といわなければならない。

よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし主文のとおり決定する。

(杉山孝 渡辺忠之 小池二八)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

債務者組合は、労働関係調整法第三七条の規定に基き、昭和四八年一二月一七日付で労働大臣および中央労働委員会に対して行なつた、争議行為の予告通知に基く争議行為を実施してはならない

との仮処分決定を求める。

抗告の理由

一、原決定は、債権者と債務者間に昭和四八年七月三一日締結された、有効期間を昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までとする労働協約が存在し、その協約第三六条には、この有効期間中においては、この労働協約に定めるすべての労働条件および労働協約改訂に関しては、労使双方とも一切の争議行為を行なわないものとする旨の定めがあることを認めながら、この規定は協約締結当時に予測されなかつたような特段の事態の発生のない限り、有効期間中には、労働協約に定められた事項に関しては一切の争議行為を行なうことができない趣旨であると解釈し、この前提の上に立つて昭和四八年一〇月ころ以降の物価の大幅な急上昇は、右協約締結当時においては当事者双方において予測することが困難であつた事態の発生であるから、この事態の発生を理由としてインフレ手当を要求して行なう争議行為は、直ちに右労働協約第三六条に違反するとは言えないと判断した。

しかしながら右のような協約解釈は協約の文言上全く根拠のないものであつて、裁判所の独断であると言わざるを得ない。協約締結のための交渉においては労使双方ともに将来の事態を或程度予測して将来の労働条件を決定する。しかしながらまた、すべての事態を予測し得るものでないことも事実であつて、その為に協約の有効期間を比較的短期間として、予測できなかつた事態に対する修正の機会と余地を残しているのである。日本において毎年一定の時期に恒例的に行なわれている賃金改訂が、このような役割を果していることは顕著な事実である。もしこのように解釈しないで、予測し得ない事態の発生によつて協約の効力が破られると言うことになれば、労働協約の規範としての実効は皆無に等しくなり、労使双方共に特別の事情発生を根拠として自ら締結した協約の効力を否定する結果となり、労使関係の安定を担保する制度としての団体交渉や労働協約はその存在価値をなくするであろう。本件の場合においても、両当事者は協約締結に到るまでに、友野博司の除述書にある通り、本年三月六日に組合要求が出されて以来七月三一日の調印に到るまで、実に二八回の団体交渉とこの間に一一波に及ぶ組合のストライキを経て漸く締結をみるに到つたものである。協約締結のために費やされた両当事者の時間と労力は計り知れないものがある。そして最大の問題である賃金については、前年度に較べて三〇%以上の増額を合意した。これは前年度の平均的な賃上げ率とされている一六%と比較すると倍近い上昇と言える。そして期末手当だけについてみてみると、前年度は基本給とドライバー手当だけを算定の基礎として、その額は5.5ケ月とこれに35.000円ないし40.000円を附加した金額であつた。しかるに一九七三年度は協約書に明らかな様に算定の基礎としては右の基本給およびドライバー手当のほかに住宅手当、家族手当、さらにセンオリテー調整額のすべてが含まれ、しかも支給率は夏期三ケ月冬期3.5ケ月と定めたのである。この結果前年度の一人平均の年額は約四七万円であつたものが、本年度は約六九万円となり約四五%の増額となつており、本年度の夏期および冬期の各支給額は夫々三二万円および三七万円となつている。このような冬期手当の金額は同期の大手日本企業の平均支給額として報ぜられている平均○○万円対前年度増加率○○%を上廻るものである。債権者会社が、年の中途において将来の賃金上昇に関して右の様に大幅な増額を約束するについては、勿論将来の物価上昇や予測される利潤の増大等種々の条件を考慮した結果ではあるが、そのような考慮の条件のなかには一年間の労使関係の安定の対価ということが重要な要素をなしている。この要素を無視しては右の様な将来に亘る重大な約束に踏切ることは殆んど考えられない。

右のような事情にも拘らず、今もし特別事情の発生を根拠として、組合が平和義務の拘束を受けないと言うのであれば、特別の事情は組合側にのみ発生しているものではなく、会社側にとつても重大な石油危機の為燃料その他の予想外の高騰によつて大幅な減便をまで強いられているのであるから、会社側としても協約所定の賃金の支払いを拒否できると言わざるを得ない。しかしかくては協約は全く無価値のものとなり、今後一切の交渉は無意味なものとなりかねない。

原決定はまた物価の上昇を直ちに賃金もあるいは協約の効力に結びつけているのであるが、言うまでもなく賃金は労働に対する対価であつて、物価はあくまで賃金決定の一要素である。賃金の決定については物価以外にも労使の力関係や労働力の需給関係が大きな要素をしめている。従つて物価の上昇を根拠として、直ちに労使間の賃金に関する約束の効力を否認することは到底正当な理論とは認められない。のみならず明文の労働協約上はその様な物価と賃金の直接的関係は何一つ規定されていないのであつて、このことは両当事者がそのような理解をしていなかつたことを示すものである。

以上何れの点からみても原決定の判断はあやまつている。

二、原決定はインフレ手当要求以外の組合要求について、協約所定外の事項で労働協約二六条の苦情処理手続きによつて解決しなければならない事項にもあたらないようなものも含まれているのであつて、また右二六条が争議行為の禁止を定めていると言えるかどうかも疑問であると判断している。

しかし右協約第二六条は「本協約、社則規定方針の解釈適用又は日々の就業割り当て又は懲戒の件に関し苦情ある従業員は、次の手続きによりその審議を求めなければならない」と規定し、そのA項第四号は苦情についての「最終決定」を行うことを定めているのであるから、この規定が争議行為の禁止を定めていることは明らかであると言わなければならない。のみならず本協約が綱羅的かつ綜合的に殆んどすべての労働条件を規定している趣旨からすれば、原決定が指摘する「期末手当減額等に関する問題、業務の一部下請化、設備の充実、増員、等」の要求項目が右二六条に言う「本協約、社則規定方針の解釈、適用又は日々の就業割り当て」に該当することは明らかである。

のみならずすべてのかかる付加的な要求について全く苦情処理の手続きを経ることなく、また一回も年度末以前の団体交渉において論議することなく、いきなり前記インフレ手当要求と抱き合せ、要求と同時に労調法三七条に定める争議予告を行なつた経過からみても、これらの要求が飽迄もつけ足りのものであり、インフレ手当要求の違法な争議行為を湖塗せんが為の手段として持ち出されたことは明らかである。

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